レポート

“誰かの創作のきっかけ”を生むには──インクルーシブデザイン研修レポート

2025.07.21

2024年度からスタートした「Creative Vision Project」は、株式会社ソニー・ミュージックソリューションズ(以下、SMS)が推進する、エンタテインメントとインクルーシブデザインの融合を目指した社内横断プロジェクトです。その取り組みの中の一つが、障がいのあるクリエイターとプロのデザイナーがワークショップを通して共に創作した表現を社会に届けていく取り組みです。このプロジェクトでは、名刺制作、プロダクトデザイン、音楽アーティストとのコラボレーションなど、多彩なアウトプットを展開してきました。

しなの鉄道「信濃追分」駅に降り立つSMSスタッフ

軽井沢の空気を一歩踏みしめて。新しい体験の幕が開く

共創の場、その舞台裏──新入社員がつくった“描きたくなる仕掛け”

2025年度は、長野県・軽井沢町のアートプロジェクト「アート・あぷりえ」を舞台に、より現場に根ざした共創のあり方を模索。「アート・あぷりえ」は、障がいのあるクリエイターの“得意”を活かした創作を支援する一般社団法人konstと、軽井沢町社会福祉協議会が連携して推進するプロジェクトです。今回実施されたインクルーシブデザインワークショップは、SMSクリエイティブチームの新入社員研修としても位置づけられ、多様な感性と出会いながら「創ること」の意味を見つめ直す貴重な機会となりました。

会議室でアイデアを出し合う新入社員とデザイナーたち

会議室でアイデアを出し合う新入社員とデザイナーたち

見えない誰かを思い描きながら、何度もアイデアを練る──ワークショップ実施までのストーリー

「音楽を感じることと、描くことを“ひとつ”にできるか?」 それが、今回の研修チームに与えられた課題でした。

2025年5月。SMSの新入社員2名と、インクルーシブな現場未経験の若手デザイナー3名がチームを結成。彼らは、“作品をつくってもらう”ではなく、“思わず描きたくなる仕掛け”を探るという前例のないテーマに向き合いました。

第1回のミーティングでは、昨年度のCreative Vision Projectの活動を振り返りながら、今回の舞台となる「アート・あぷりえ」の目的や、参加するクリエイターの特性についてkonstの須長氏・渡部氏から共有を受けました。障がいのあるクリエイターの「得意」を引き出す場づくりとは何か──この本質的な問いが、議論の起点となりました。

5月から6月にかけて行われた計4回のミーティングでは、音楽と創作の関係性、視覚表現の自由度、そして当日の進行や素材の扱いやすさまで、細部にわたってアイデアを検討。各メンバーがプラン案を持ち寄り、konstのアドバイスを受けながら内容をブラッシュアップしていきました。 今回、昨年度までの取り組みに賛同し、豊富な知見で協力くださるソニーグループ株式会社サステナビリティ推進部(以下、SGC)のメンバーがプランニングの段階から参加。緊張感もありながらも、新しい表現に向かって進んでいきました。

スピーカーを使って実験装置を作るスタッフ

廃棄されるスピーカーで装置を自作

スピーカーの振動を使って制作された絵が沢山並んでいる

振動を使って描くなどの方法を検証

社内検証会を行い、実施するワークショップを決定

7月初旬には社内検証会を実施。SMS社員の子どもたちに参加してもらい、各プログラムの時間配分、導入の工夫、リアクションの観察を通して、実施案を最終調整。

最終的に選ばれた4つのワークショップは、どれも“創作への入口”にこだわった、偶然性と余白を大切にしたものでした。また、エンタテインメントを扱う企業ならではの感性として、音楽を軸にしながらも、そこに少しのテクノロジーを加えることで、創作体験をエンタテインメントとして昇華させる姿勢も随所に表れていました。

●シールワークショップ
無地のカラーペーパーをキャンバスに、大小さまざまなカラフルなシールを自由に貼っていくワークショップ。BGMとして流れる音楽からインスピレーションを受けながら、感覚的に手を動かす形式。完成した作品は写真に撮ってデータ化し、AIによりイメージに合った短い楽曲を生成する双方向的な仕掛けも導入。

●なにができるかな?絵かきうた
詩のようなオリジナルの歌詞と抽象的なリズムにあわせて線や形を描いていくプログラム。あらかじめ決まった絵があるのではなく、音の抑揚や言葉の響きから感じたものを自由に描く。音を“聴く”から“描く”へと変換する感覚にフォーカスした創作体験。

●ダンスでえがこう
会場の壁面に設置されたロール紙に向かい、音楽に合わせて身体を動かしながら、太めのマーカーやスタンプで描画。身体の動きがそのまま線や色として記録される、動的なアート体験。リズムと即興性を重視した表現。

●インタラクティブ名刺ワークショップ
画面に投影された自分の名前を太鼓の音で“反応”させながら、好きな音楽に合わせて視覚的にアートを完成させていく体験型のプログラム。制作されたアートは、後日スタッフの手で実際の名刺として仕上げられ、障がいのあるクリエイターたちに届けられる予定。

子供達と笑顔で検証するスタッフ

制作したコンテンツを子供たちと検証

ホワイトボードの前で、子供達にワークショップの内容を説明する女性スタッフ

絵かきうたのオリジナル曲の反応は?

二つの創作空間──静と動、それぞれの表現が生まれる場

軽井沢の自然に囲まれた会場で、7月14日 午後1時、ワークショップがスタートしました。今回のプログラムは、前半と後半に分かれた2つのセッションで構成され、それぞれ異なる創作のスタイルとアプローチが試みられました。

前半は集中と没入を誘う「静」の創作空間。後半は音と身体が一体となる「動」の空間。場の構成そのものが、多様な表現への入り口となり、参加者それぞれの感性が自然に引き出されていくような流れが意図されていました。

会場準備中の様子とリラックスした表情の新入社員

ワークショップ会場準備中の様子

創作への没入──シールアートと絵かきうた

最初に行われたのは「シール ワークショップ」。参加者には、さまざまな色の無地のカラーペーパーから好きなものを選んでもらい、その上に音楽を聴きながら自由にシールを貼ってもらいました。

形も大きさも異なるカラフルなシールが重なっていく様子は、音と心のコラージュのよう。緊張していた新入社員やスタッフの表情も自然とほぐれていきました。

この作品は、その場で撮影・データ化され、AIにより即興の短い楽曲に変換される仕掛けも用意されていました。創作が音となって返ってくる体験に、参加者は驚きと嬉しさを隠せない様子でした。

続いて行われた「なにができるかな?絵かきうた」では、詩のような歌詞と抽象的なリズムに合わせて、参加者がそれぞれのイメージを自由に描いていきました。音を“聴く”から“描く”へと変換するこの体験は、感性の深いところに働きかけるような、静かで豊かな時間となりました。

当初、企画したデザイナーたちは「うまくいくだろうか」と不安を口にしていましたが、ワークショップが始まった途端、参加したクリエイターたちが一気に集中し、創作にのめり込んでいく様子を見て、自然と安心の表情へと変わっていきました。会場にはときおり笑い声が起こり、静けさの中にも高揚感が満ちる、心地よい空間が広がっていました。

笑顔で、カラフルな紙にシールを貼っていく障がいのあるクリエイターさん達

シール ワークショップ

絵かきうたに合わせて筆を走らせる障がいのあるクリエイターさん

絵かきうた ワークショップ

からだと音でつながる──ダンスとインタラクティブ名刺

後半、会場を2つに分けて行われたのが、「ダンスでえがこう」と「インタラクティブ名刺」と題されたワークショップ。

ダンス会場では、ロール紙の前に立ち、音楽に合わせて身体を動かしながら、平筆のように太い線が描けるマーカーで自由に描画。線や動きが紙に残されることで、“今”この瞬間の感覚が目に見えるかたちで記録されていきました。

一方のインタラクティブ名刺では、参加者に自分の名前、生年月日、好きな曲を記入してもらい、名前がスクリーンに映し出され、選ばれた好きな曲が再生されます。その曲に合わせて太鼓を叩くと、その音に反応してスクリーン上の名前が崩れたり変形したりし、その形がアートとして記録されました。

この場で制作された名前アートは、後日名刺として参加された障がいのあるクリエイターたちに配布される予定です。自分の名前が“アート”として届くその瞬間が、またひとつのつながりとなって広がっていきます。

この2つのワークショップでは、音楽と身体表現が融合したダイナミックな動きと音が会場を満たし、大きな盛り上がりを見せました。支援員のひとりは、「列をなして待つ様子は、まるでお祭りの屋台のよう」と嬉しそうに話してくれました。

ワークショップの締めくくりには、シール ワークショップ」の作品からAIを使って生成された音楽を1作品ずつ発表する時間も設けられました。それぞれの表現が“音”として立ち上がる時間は、会場全体に静かな感動をもたらしました。

壁面いっぱいに広げたシートにマジックペンで線を書いている。笑顔があふれ楽しそう。

ダンスでえがこうワークショップの様子

名前のアルファベットが映し出されたスクリーンの前で太鼓を叩いている障がいのあるクリエイターさん

インタラクティブ名刺ワークショップの様子

一つひとつの創作が、次の景色を連れてくる

ワークショップ終了後には、SMS、SGC、konst、軽井沢町社会福祉協議会の関係者による振り返り会を実施。

多くの声から聞かれたのは、「参加者の笑顔と没入感が何よりの成果だった」という実感でした。企画から実施までを担当した新入社員にとっても、自らの仕掛けが“誰かの創作のきっかけ”となる喜びは大きな手応えとなったようです。

一方で、「アクティビティとしての楽しさ」と「アートとしての深み」をどう両立するかという視点や、目的に応じたプログラム設計の重要性など、新たな気づきも多く共有されました。

共創は一度きりの出会いでは終わらない。 この日軽井沢で交わされた線や音や色の記憶が、次の表現へとつながっていくことを、関係者全員が確信した時間となりました。

和やかな雰囲気のワークショップ会場

ワークショップは終始和やかな雰囲気の中進められた

参加者メッセージ──それぞれの視点から見えた「共創」のかたち

新入社員:浦崎さん

新入社員:浦崎さん

新入社員:鈴木さん

新入社員:鈴木さん

konst:須長氏、渡部氏

konst:須長氏、渡部氏

軽井沢町社会福祉協議会・土屋氏

軽井沢町社会福祉協議会・土屋氏

──インクルーシブな現場に初めて立ち会って、何を感じましたか?

新入社員・浦崎さん:初めてインクルーシブな現場に立ち会い、「配慮」が特別なものではなく、誰もが最初から自然に参加できるよう設計されている環境がとても興味深かったです。違いを前提とする空間の在り方を実感しました。

──ワークショップを通じて、自分自身の“創る”感覚に変化はありましたか?

新入社員・鈴木さん:学生時代はデザインリサーチなどのデザイン思考を学んできた私ですが、今回、クリエイターの方が音楽に合わせて自由にアートを創り上げていく様子を拝見したことで「感覚に身を任せる」という新たな視点を学ばせて頂けたと感じています。

──今回のワークショップを通じて印象的だった参加者の様子や作品は?

konst 須長氏:エンターテイメントの力を改めて発見したワークショップでした。クリエイター達の創作への没入感や身体的な活動量が明らかに異なっていたのは、エンターテイメントとクリエイティブを組み合わせたことで生まれた反応だったと思います。新しい可能性を見せて頂きました。

──「得意を活かす」ために、環境や接し方で意識していることはありますか?

konst 渡部氏:クリエイターとの日常的な関わりやワークショップを通じ、「何をやりたがっているか」「何につまずいているか」を観察する姿勢を意識しています。

──地域連携で見えてきた変化や、継続の手応えについて教えてください。

軽井沢町社会福祉協議会・土屋氏:今までの活動は楽しむことに留まっていましたが、新たな繋がりによって、その一歩先へと進むことができ、福祉の世界をも拡げてくれました。デザインが『カタチ』となり、誰かの手に渡り、還元される。クリエイターが出来上がった作品を紹介してくれる姿は、とても誇らしげです。

──今後の展望や、より多くの人に届けたい価値とは?

軽井沢町社会福祉協議会・土屋氏:私たちの掲げる『支えあい誰もが安心して生き生きと暮らせるまちづくり』推進活動の一つが、『アート・あぷりえ』です。アートをきっかけに、新たな出会いや発見が無限大に拡がり、街の中に溶け込んでいくといくことを願っています。目指すは“アートでつながるまちづくり”です。